【付録】現代から未来のお話し(^^)

世界は、IoP(Internet of People)、IoT(Internet of Things)、IoE(Internet of Everything)の時代に突入しています。

今回の製作と検証を短時間で実現できたのは、まさにIoPのおかげである思います。

電池とDC/ACインバータとACアダプタ、3つの完成された製品をメーカーから公開されているデータに基づいて組み合わせて、後は算数と電気の知識、どちらも小学校の時に習った事だけで実現できるのですから、大変素晴らしいことです。

技術は、確実に突き進んでいます。
それだけに、使い方を誤ると大変なことになります。

身近なマイナンバー制度を例にしますが、もしICカードを1枚に集約しマイナンバーを埋め込んだらどうなりますか?

機械センサーは、個人も法人もお金の流れを読み取りビッグデータとして蓄積を始めます。
そして、行動の因子である場所、使った金額、支払先、物をトレース可能にします。

これが、IoTです。

更には、指紋認証、 顔認証、物体指紋認証の技術を組み合わせれば、ICカードを持たずともセキュリティも解除できますし、電車の改札も通ることができます。

全てのボタンに指紋センサーが装備されれば、自動販売機だってボタンを押すだけで買うことができます。コンビニエンスストアも入店して品物を持って出れば支払い完了です。

そして、全ての所有物が物体指紋確証の対象となれば、手袋をして顔を隠していても至る所にある防犯カメラから個人を特定することができるようになります。

他人の指紋を偽造しても、顔認証との突合で偽となります。他人の顔を精巧に再現したマスクを着用しても、着ている服が物体指紋確証と異なると本人の所有物ではないと判定されます。
仮に、真と判定されても複数の場所で、同一人物が出現すれば追跡の対象となります。

IoEは、こうした事を実現できます。

現在の技術でも、会社内やテーマパーク内などの限定したエリアであれば可能なところまで、既に発展しています。

これを、是とするか?非とするか?

全国民が、高いモラルを求められ窮屈な生活をしなければならない、超便利な時代が来るかもしれません。

魚籃観音

この魚籃観音は、伯父の古型博多人形四代 中ノ子勝美が型を造り
上野焼宗家渡窯で焼成したものです。
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私が、網膜剥離になる前週2012年9月8日(土)のことですが、
見覚えのある観音様がインターネット上に現れました。

そこは、ギャラリーHISAKOという、
大分県別府市の加藤久子さんが運営されているウェブサイトでした。

翌週の2012年9月14日(金)に、店主の加藤久子さんに電話で、
祖父亡き後に渡窯で焼かれた観音様に間違いないことをお伝えし、
私の手元に置きたい旨をお願いしました。

翌日、8箇所も網膜が剥離し即日緊急入院して手術を受けました。
幸い手術は成功し失明せずにすみましたが、視界は手術前とは大きく変わってしまいました。

現在は、手術後の経過も順調で奇跡的にクルマの運転ができるまでに回復しています。

こちらは、母の手元にある魚籃観音です。
祖母多賀が緑釉をかけてみたようですが、顔や指など繊細な部分がわからなくなっています。
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私が右眼の視力を失う危機に直面したとき、この魚籃観音が現れるとは
何とも不思議な事があるものだと実感しています。

※この記事は、書きかけのまま1年半も放置してしまいました。



AKIHABARA KADAN その後・・・

謹んで新年のお慶びを申し上げます

昨年は、5年計画で取り組んだビル建築による空間創出を
ようやく完遂しました。

素晴らしいテナントの皆様にも恵まれ
光り溢れる建物になっています。
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写真の1階と2階は、
【SANDWICH COUNTER produced by Saizeriya】という
サイゼリヤ様の新業態1号店を出店していただきました。

3階には、
【まんが王国とっとり秋葉原倶楽部】という
鳥取県の助成事業を運営する組織が活動を開始してくださいました。

また、写真には写っていませんが
上層階にも、素晴らしいテナント様がオフィスをオープンしてくださいました。


AKIHABARA KADANは、
今年、新たな一歩を踏み出します。

このブログでも、報告を再開いたしますので
今後を、見守っていただければ幸いです。

AKIHABARA KADAN
OWNER
岩田倫彦

突然ですが・・・

ついに完成しました。

厳密に言えば、まだ細部の工事が行なわれていますが、
ほぼ完成しました。

2008年より5年計画で取り組んでいた、
建築による空間創出作品です。

建物の名称は、「AKIHABARA KADAN」と言います。
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「秋葉原に緑を・・・」と願いを込めて
この建物を創りました。

バルコニーには、オリーブが植栽され、
夕暮れになると、LEDでライトアップされます。

上品で美しい景観をもつ建築物です。
たくさんの人達の協力を得て成し得た作品です。

詳細は、また報告します。

嬉しい写真

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       ※クリックすると大きな画像でご覧になれます。

写真の「水盤」は、2011年に東京藝術大学で開催された
陶芸の公開講座で、私が初めて作った自由課題の習作です。

この水盤を大切にしてくれる方に贈呈しました。

そして、いまでも日常的に花を生けて使ってくださっているそうです。

半年ぶりに見た水盤には、その方がバルコニーで育てた
春の花が生けてありました。


この水盤は、幼い頃に見た池をイメージしてあります。

大きさの異なる曲線は、池に小石を投げ込んだときにできる
水紋を表現しました。

こんなことを説明するところが素人で申し訳ないのですが(笑)
あくまでも素人の習作なので動機が必要なのです(^^)
お許しくださいm(_ _)m

日常的に使っていただいているので、
釉の色も落ち着いた色合いになってきており良かったです。

ありがとう!

持ち去られた傘と、200円の収入印紙

今朝、仕事へ向かう途中に立ち寄った
自宅近くのセブンイレブンで傘を盗まれました。

ほんの一瞬の出来事でした。

店内には、5~6人の客がいましたが、
傘立てには、1本しかなかったので
「こういう日は、なくなる可能性が高いな・・・」と思いましたが
傘立てに置いて店内へ入りました。

コピー機を使い、原稿をバッグに入れて店を出たら
傘は消えていました (T_T)

日本に居住する、一部の人のモラルが低いのか・・・

それとも、盗ってくださいとばかりに無防備な傘立てに
傘を置く日本の習慣が悪いのか・・・

少し不快な気持ちで、バッグから予備の折りたたみ傘を取り出し
駅へ向かいました。


午後、体調が優れなかったので
早目に退社させていただきました。

帰宅途中、法務局へ寄り道しました。

印鑑カードによる機械申請を終え、収入印紙を700円分購入してから
交付窓口へ行きました。

交付窓口で、収入印紙が900円分渡されていることに気付きました。

余談ですが、

印鑑カードによる機械式申請システムは、素晴らしいです。
申請して、収入印紙を購入するまで、わずか1~2分程度でしたが、
収入印紙を購入したら、もう交付窓口で名前が呼ばれていました。

椅子に座って待っている20人以上の手書きの申請書による申請者を横目に、
スイスイと手続きが進みます。

印鑑カードによる機械申請は、まだまだ浸透していないようです。


200円の収入印紙ですか?

もちろん、収入印紙の販売担当者に返却してから帰宅しました (^^)v




上野焼 宗家 渡窯 十代 高興から受け継いだ上野緑青の花入れ

本年最初のブログは、

上野焼の特徴のひとつでもある
上野緑青を流した古い花入れを紹介します。

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       ※クリックすると大きな画像でご覧になれます。

この花入れは、江戸時代後期か、それ以前のものです。

上野焼宗家渡窯十代高興である祖父渡源彦は、昭和17年に他界しましたが、
祖父亡き後も、祖母多賀が大切に護り続けた花入れです。

上野焼宗家渡窯の証しである
渡家の家紋「左ひとつ巴」と御用窯であった渡窯の窯印「高」が刻まれています。

この花入れは、極めて高度な技術で製陶されていますが、
作品には、余裕を感じます。

上野焼がもつ繊細かつ大胆な伝統の技に触れることができる
数少ない作品です。

苔生した松の幹が、見事に再現されており、
これぞ上野焼の真骨頂といえる作品です。

昨年のお正月は、迎春と題して、やはり祖先の作品である「猿」を紹介しました。

自分の祖先の生きた軌跡に触れると気持ちが引き締まります。
そして同時に、とても幸せな気分になります。


上野焼のことについては
以下の記事もご高覧いただければ幸いです。

 ・上野焼 宗家 渡窯 十代 高興の上野紫蘇釉抹茶碗
 ・馬足型花入れ 岩緑流し
 ・花入れ 上野青釉
 ・割山椒向付




あけましておめでとうございます

昨年は、様々な「負」と思える出来事がつぎつぎと起こった
試練の一年でした。

しかし、

考え方によっては負の出来事の中でも
不幸中の幸いなことが、必ず支えてくれたことで
一年間を過ごし生き延びることできました。

そして、

・既成概念にとらわれた考え方を改めること
・窮地においては、逆転の発想をすること

を学んだ有意義な年となりました。

今年は、2008年より五カ年計画で推進している
ビル建築が竣工する年となりますので、

「飛躍と挑戦」を追求して過ごします。

さて、どんな一年になるでしょうか?

楽しいこともあるでしょう
苦しいこともあるでしょう
悲しいことも、納得のいかないこともあるでしょう

しかし、この一年を楽しみたいと思います。

平成25年 元旦






【網膜剥離】クルマを運転しました

網膜剥離の手術後82日目の2012年12月9日(日)に
クルマを運転しました。

最初は、免許を取得して初めて運転するときのような気持ちでしたが、
運転し始めると、自動二輪から通算38年間も運転しているからか
まったく問題ありませんでした。

駐車場への進入も駐車も、眼に頼ると何となく違和感がありましたが、
長年の運転感覚を信じて操作すると問題ありませんでした。

見え方は変わりましたが、
矯正視力は、1.2まで出ていますし、視野も以前と変わりないので
本当によかったです。

少しずつですが、回復していることを実感しました。

次は、夜間の運転にチャレンジです。


【網膜剥離】見えるから、見なさい

本題に入る前に・・・

「自然は、眼にやさしい」とは、
明治神宮の、こんな景色の中で感じたことです。
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過日のことになりますが、

相変わらず恐る恐る歩いていると、

「見えるから、見なさい!」

と言う、私を叱咤する声が聞こえました。


最近、眼の見え方が変わったせいか
歩くとき、どこか慎重になりすぎている自分がいます。

慎重であることは、とても重要なことですが、
あまり怯えていても進展はありません。

「見えるから、見なさい!」と聞こえたので、

「そうだ~見える!」と思って、瞼を大きく開き見たいものを注視したら、
見え方が変化し、見えました。

本当です。
見えました。

そして、手術後初めて道路を走り、駅の階段を駆け下りました。

大丈夫でした。

知らず知らずにうちに、眼が見えにくいことに負けてしまっている
自分がいたように思います。

安易に考えて、不注意な行動をとってはなりませんが、
もっと積極的に、この眼で見ようと痛切に思いました。

声の主に、感謝します。

でも、だれだろう?










【網膜剥離】自然は、眼にやさしい

網膜剥離の手術をしてから、今日で33日が経過しました。

眼の回復状況は順調です。

手術後7日目の退院した日には、手元もよく見えない状況でしたが、
今は、テレビを観ていても、あまり気にならなくなってきました。
と言っても、健康な左目と傷ついた右目の像は重なり合っていないのか
違和感はあります。

網膜剥離を患ってから、気付いたことがあります。

それは、樹木や草花など自然に囲まれた環境の中を散歩していると、
眼の違和感が和らぐということです。

自然が創り出すものは同じ形のものがひとつして存在せず
健康な左眼で見ても、手術後の右眼で観ても
自然の風景は複雑な造形美なので、曖昧な感覚で捉えるからだと気付きました。

自然の造形美を、細部まで正確に把握しようとしたら、
常人を超越した高度な観察力が必要です。

一方、人間が造り出した物の多くは、すべてが直線に通じています。
直線は、傷ついた網膜が捉えるには厳しいものです。

私の右目に映る直線は、ギザギザです。
退院したころは、グニャグニャでしたので、
これでも、かなり見え方は改善されてきました。

つまり、人工的なものに囲まれていると
極めて疲れます。

しかし、自然の中に身を置くと
傷ついた右目に映る風景は、優しいものになると気付きました。

健康な眼の頃には、気付かなかったことです。







【網膜剥離】やっと元気になりました

2012年9月14日(金)に右目が網膜剥離になりました。
翌日15日(土)の夕方には、視界の60%ほどが光を失いました。

夜、東京医科大学病院に連絡し相談したところ、
緊急手術が必要とのことで、
休み明けの18日(火)に緊急入院し、緊急手術を受けました。

私の眼球の性質は10000人にひとりの割合とのことで、
手術前の眼球外からの検査では、剥離によるせん孔は5箇所、
難手術と告げられていました。
実際には、眼球内から8箇所処置をしたとのことでした。
とにかく、見えるようになり良い結果を得ることが出来てよかったです。

また、網膜剥離の手術を行うと、遅かれ早かれ白内障になるとのことで、
白内障予防のために、水晶体を人工レンズに取替え
同年代の友人達より一足さきに、サイボーグとなりました。

見え方がかなり変化したので、この先慣れが必要です。


まあ、今後は

「目だけで物事を見ずに心眼を開き、
心で物事を見よ」との運命と考え

状況を受け入れています。

目で見た形は、真の形にあらず
目で見た色は、真の色にあらず

と、考え方を改めました。


それにしても、
東京医科大学病院眼科の皆様の対応は素晴らしかったです。

執刀医の先生、手術サポートしてくださった先生、
最初に診断してくださった先生
看護士の面々、食事スタッフ

この皆様のおかげで、失明せずに済みました。
ありがとうございました。

網膜剥離の詳細については、
別途、このブログで報告します。

とにかく、元気になれてよかったです。




上野焼 宗家 渡窯 十代 高興の上野紫蘇釉抹茶碗

祖父の抹茶碗・・・

祖父渡源彦が
昭和12年から昭和17年にかけて上野焼 宗家 渡窯を復興した当時の
作品のひとつである抹茶碗が私のもとへ舞い降りました。

茶碗の正面です。
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茶碗の内側です。
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お茶をいただくときの景色です。
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茶碗を正面に戻し、裏返すと窯印を見ることができます。
窯印は、高台内側の左下にありますが、
このブログでは非公開といたしますので、画像を加工してあります。
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箱と箱書きです。
母(源彦の第4子3女)夏穂が字を確認しましたが、
残念ながら箱書きは、源彦のものではないとのことです。
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復興当時の記録・・・

この抹茶碗は、紫蘇手という釉掛けの品です。

上野焼紫蘇釉の抹茶碗は、
桃山時代~江戸時代前期の品が、出光美術館に収蔵されています。

今回の抹茶碗は、この抹茶碗の復刻作品と思われます。

復興当時の作品目録の一部です。
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          ※クリックすると大きな画像でご覧になれます。


 上野焼宗家復興第四窯探窯会作品目録

  調剤及薬掛 渡家 十代 高興(たかおき)
  陶工      上野平(あがの たいら)
  陶工      白川常三郎(しらかわ つねさぶろう)
   抹茶碗 三十九個 紫蘇色

  ※陶工は、「すえつくり」と読みます。

この作品目録には、

釉の調剤と釉掛けを、渡源彦(十代 高興)
陶工は、白川常三郎氏と記録されています。

燔師は、上野平氏だったようです。

燔師(はんし)とは、指導をする人です。
初窯の作品目録では、上野平氏は燔師となっています。

このことから、
この抹茶碗は、おそらく第四窯あたりの作品ではないかと思います。


祖父源彦は、御用窯である渡窯を昭和12年に復興しました。
初窯作品の鑑賞会は、昭和14年4月27日に開催されています。

昭和17年春に急逝するまでの3年間に、10回焼いているようですので、
年に3回焼いたとすると、第四窯目は翌年春ごろとなり、
この抹茶碗は、昭和15年頃の作品ではないかと想像できます。


渡家に伝わった上野焼・・・

上野焼の紫蘇手は、今年のお正月に紹介した祖先の作品である
「猿」の毛の質感の表現に用いられている「玉寄せ」の手法です。
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                    ※クリックすると大きな画像でご覧になれます。


「紫蘇手」には、「玉寄せ」と呼ばれるものと「虫食い」と呼ばれる質感の
ものがあります。

玉寄 黒薬の「冬火鉢」
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これは、代々渡家に伝わってきたもので、
母が子供の頃まで渡家にありました。
上野焼 十時家 三代甫國作です。

この「冬火鉢」は黒色で紫蘇色ではないので、
紫蘇手ではありませんが、
真ん中あたりのように、玉状になっていると「玉寄」
右側や左側のような状態になったものを「虫食い」
と呼んでいるように思います。

出光美術館に収蔵されている上野焼紫蘇釉の抹茶碗は、
この冬火鉢の右側のような、どちらかと言えば「虫食い」のような
質感です。


最後に・・・

今回、祖父の抹茶碗を手にすることができて、とても嬉しいです。
関係してくださった皆様に、感謝申し上げます。

ありがとうございました。


出光美術館様との経緯は、
 ・出光美術館へ・・・  をご覧ください。


また、上野焼のことについては
以下の記事もご高覧いただければ幸いです。

 ・馬足型花入れ 岩緑流し
 ・花入れ 上野青釉
 ・割山椒向付

 ・上野焼 宗家 渡窯 十代 高興から受け継いだ上野緑青の花入れ







陶芸講座2012(第6回)後編

6月30日(土)の陶芸講座2012の最終回から
ずいぶんと日が経ってしまいました。

これが、今回の陶芸講座での会心の作です。

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この不格好で陶芸の常識ではありえない色使いの作品を見た方は、

多分・・・

「なんだこれ?」と笑ってしまうと思います。

この作品は「不完全」かつ「未完成」です。

私なりに、「宇宙」を表現しようとしたものなのです。

google+”宇宙”で、画像検索してみてください。

その中に、

暗黒と躍動するブルーと爆発するオレンジの宇宙を見つけることができたら
この作品を思い出してください。



もうひとつ

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こちらも、やはり「宇宙」を表現しました。

白いガスの向こうに、種々の色の星がほのかに輝いている様子を
表現したかったのですが、色が鮮明になってしまいました。

もっと洗練した形に進化させて、完成度を高めます。

今回の作品は、

 黒は、男性らしさ
 白は、女性らしさ

も、合わせて表現しました。


これらの作品は、今は混沌としていますが、
私が創出したい陶芸作品の未来を備えています。

因みに、今年の陶芸講座のお題は、

「揃いものを作ろう」でしたので、煎茶碗を作りました。

どう見ても、この二つの作品が「揃いもの」とは思えないと
思いますが、

私の中では、誤差の範囲です(笑)

そして、
黒の煎茶碗には、なんと底がありません・・・・

本当です(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)






ありがとう

最近、更新を怠っていますが、
私のブログを忘れず、そして「ブログ気持玉」を送ってくださり
ありがとうございます。

記事は、いくつもあるのですが、
なかなか手をつけられません。

・陶芸講座第6回の報告のこと
・祖父の抹茶碗が手元に来たこと
・私が祖父母から受け継いだ古い上野焼のこと
・現カボチャドキヤ国立美術館の続編
・肩関節周囲炎のその後

を書きたいのですが、
なかなか手をつけられません。

それでも、「ブログ気持玉」は、
いつも勇気を与えてくれるので、とても嬉しいです。

心から感謝申し上げます。

ありがとうございますm(_ _)m



陶芸講座2012(第6回)前編

2012年6月30日(土)に、陶芸講座第6回がありました。
講座は、全6回ですので最終回となります。


午前・・・

豊福誠先生が轆轤を使って
土と水と轆轤の回転速度の関係を解説しながら、
大皿や大壺、小さな碗、徳利などを
目の前で作ってくださり、大変有意義な講座でした。


午後・・・

受講者の作品の講評会と
その後、打ち上げを兼ねた暑気払いが開催されました。

他の受講者の皆様は、私よりも年輩の方が多く、
その作品に、作者の人生を感じるものがあり勉強になりました。


私の作品・・・

今回の出来映えは、
「不完全」「未完成」「混沌」と表現するのが適していますが、
未来に繋がる納得のできるものでした。

次回、作品写真を紹介いたします。

テーマは「宇宙」です。




「怒りは何も生まない」

少し前の話しになります。

2012年6月29日(金)の19:40頃、
東京メトロ千代田線国会議事堂前駅代々木上原方面のホーム、

乗車待ち行列の最前列で、スマフォのニュースを読みながら
電車を待っていました。

そこへ肩にバッグをかけた30代のビジネスマンが、
白線の外側を歩き、私にバッグをぶつけて通り過ぎました。

その衝撃で手からスマフォが跳び
スマフォはホームへ落ち、そして線路へ落ちました。

彼は、立ち止まり
振り返って自分が引き起こした事実を確認しましたが、
無言で立ち去りました。

数秒の出来事でしたが、
時間の流れはゆっくりとしていました。


手を離れ宙に浮いたスマートフォンが見える
一度ホームに落ちて、さらにすべりながら線路へ落ちていく
反射的に、猿臂(えんぴ)を伸ばしスマートフォンを追いかける
地下鉄の前照灯が視野に入り、危険を感じ思いとどまる

私は彼を睨む、彼と視線が合う、
彼は、立ち去る

頭の中に「怒りは何も生まない」と声が響く

スマフォに目を向けると、ディスプレイの明かりが消える
直後にホームへ滑り込んできた電車が目の前を横切る


不思議と怒りの感情は湧きませんでした。


地下鉄が発車した後、係員の方にお願いして
スマフォを線路から救出してもらいました。

損傷を覚悟していましたが、
不思議なことに、ほぼ無傷の状態でした。

大きく息を吸い込み、静かに吐きました。
そして、精神的に成長している自分がいることに気付きました。

昨年までなら、ありえないことです。

大きな目標に向かって邁進していると
些細なことで、心が乱れることはなくなりました。



陶芸講座2012(第5回)

陶芸講座第5回が終わりました。

今回は、絵付けと釉掛けの最終日でしたが、
なんとか時間内に、作業を終わらせることができました。

あとは、焼きあがりを待つばかりです。

以前、品は15品と書きましたが、実は14品の数え間違いでした。

いずれにせよ14品の絵付けと釉掛けには、相応の時間がかかりました。

昨年とは異なる材料を使ったので、
またまた不慣れなため要領がつかめなかったのですが、

それだけに発見も多く、今回の陶芸講座も楽しむことができました。

仕上がりが想像どおりだと良いのですが・・・・

正直に言うと、
焼成後の作品を見るまでは、不安です。

と言うことで、

次回、第6回は焼成後の作品と対面し、
講評会がありますので、詳細はそのときにお話しします。


陶芸講座2012(第4回)

陶芸講座第4-5回は、絵付けと釉掛けです。

写真は、素焼き後の作品群です。
前後で一対に並べてあります。
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左端を除き、
右の4組は煎茶碗と茶こぼし、または湯ざましの一対です。
左端は、ふたつとも煎茶碗です。

・・・・・

一応煎茶碗のつもりです。
カップというよりもボウルの大きさがあるものもありますが、
日本茶からミルクティまで使うことができます。

最終回の第6回は、講評会となりますので、
本日第5回が、作業を行う最後の回となります。



それでは、絵付けと釉掛けに行ってきます(^^)



轆轤の回転方向

陶芸講座では、ろくろの回転方向は時計回り
つまり、右回転で行っています。

しかし、どうやら私には左回転のほうが、
手や腕に、そして何よりも感覚的にしっくりきます。

だからといって、
回転方向にこだわりがあるわけではありません。

自然に回す方向が左回転・・・ただそれだけです。

自分で轆轤を回すときには、左回転を基本にして、
創作が必要とする状況に応じて左右の回転を使い分ければ
自分には、より効率的に繊細な作業ができると考えます。

実は、陶芸講座第3回の「けずり」のときに、
15品のけずりが、時間内には終わりそうもなく、

左回転のほうがやりやすいので、作業効率を上げるために
ろくろのスイッチを「リバース」にして左回転で削ろうとしたのですが、
なぜか「リバース」にしても「フォワード」と同様に右回転でした。(笑)

結果的に、右回転でも問題なく終わらせることができました。

次回の「絵付け」と「釉掛け」の構想も練り終えましたので、
今週末が楽しみです。